名古屋地方裁判所 昭和24年(ワ)342号 判決
原告 成田映子
被告 木佛寺応
一、主 文
被告は名古屋市中村区下米野町三丁目七番地眞宗大谷派円福寺住職の地位を引退する手続をしなければならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求の原因として、原告は主文掲記の円福寺前住職成田善念及びその妻春二の長女伊東節の長女で善念の後継者として善念夫婦の養女にもらわれ、かねて法類、擅信徒総代等より住職後継者として認められていたところ、正式にその養子縁組の手続をすまさない中に養父善念は昭和十六年四月遽に病を得て死亡したので、一先づ妻春二が選定相続に因りその相続をなし、同年十二月三日春二と原告は養子縁組をしたのであるが右善念の死亡した当時原告はまだ桑名高等女学校在学中で未成年であつたため、右春二、原告の実父母にして法類総代たる訴外伊東宝遵、伊東節等は春二の実弟である被告と協議の上被告に対し、「眞宗大谷派の慣例上円福寺住職は原則上世襲であるから元住職成田善念の法統継承者である原告が成年に達し入位の資格を取得したときは原告にその地位を讓る」約束で暫定住職を依嘱し、被告はこれを諒承したのでここに眞宗大谷派宗務所に対し住職就任の手続をなし被告は住職に就任して現在に至つたが、原告に於て既に成年に達し入位に補せられたる後原告は被告に対し予ての約定に從いその地位の讓り渡しを求めたるに被告は之に應じないので茲に原告は被告に対しその住職の地位より引退を求めるため本訴請求に及んだ次第である。と述べ、被告の主張事実中、円福寺前々住職が被告の父木佛寺寂應で、被告(五男)が十一歳の頃に死亡したこと及び女子たる原告は住職代務者にはなれても住職にはなれないことは認めるが、その余の事実は爭う、と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、まず本件において原告は女子であつて住職代務者にはなれても住職には絶対になれなく、他の何人かが住職になるにしても擅信徒総代の推挙や管長の任命がいるので被告の引退を求めることにより原告はなんら法律的具体的な利益を享けるものでなく、せいぜいその反射的効果を受けるにすぎなく且つ原告はその主張の被告に住職たる地位の引退を求める契約上の当事者でなく從つて被告に対し右引退を請求する権利がないので原告は正当なる当事者たる適格を欠いているから本訴はその権利保護の要件が欠けておるものといわねばならず、本訴はこの点においてすでに却下を免れない。と述べ、本案については「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として訴外成田善念が円福寺の前住職であつて、同人が昭和十六年四月に死亡したことおよび被告が後任住職に就任して現在に至つていることは認めるが、その他の事実は爭う。即ち、円福寺の前々住職は被告の父木佛寺寂應であつて、同人の死亡当時被告(五男)は十一歳で未だ幼少であつたから一時成田善念に住職を継がせたにすぎず、善念こそ一代限りの住職であつて、同人の死後被告は春二等法類、擅信徒総代等何人の異議もなくその後任住職に就任したのである。そもそも円福寺住職は木佛寺家の世襲すべきもので、昭和十七年三月に認可を得た寺院規則にもその旨規定されてあるから、被告の就任は円福寺としての原則に立ち帰つたものというべきで被告が右住職の地位を退いて原告にこれを讓るいわれはない。と述べた。<立証省略>
三、理 由
まず本案前の抗弁について判断をすると、女子である原告は眞宗大谷派寺院の住職代務者にはなれてもその住職にはなりえないことは当事者間に爭なく、証人廣瀬大順の証言によれば何れの有資格者が右住職の地位に就くにしても之には擅信徒総代の推挙や本山管長の任命がいることを認めることができる。それで被告は、被告が本件円福寺の住職の地位より引退したとしても原告は何等法律的具体的な利益を享けないと主張するけれども右証言に成立の爭のない甲第一号証、第二号証の一、二、第三乃至第五、六号証、第七号証の一、二、証人成田春二、伊東宝遵、伊東節、鬼頭重三郎、宮田彦右衞門の各証言、原告本人尋問の結果を合せ考えると被告が右住職の地位を引退すれば原告が住職代務者としてその跡を襲うべき筋合になつていることが認められるので、被告の主張するように原告がこの点について何等法律的具体的な利益を享けえないものとはなすことはできない。尚弁論の全趣旨によれば、原告はその主張の、原告のために被告に対して右住職の地位の引退を求める契約の当事者ではないが、右契約は第三者のためにする契約に準ずべきものとして主張せられており、第三者である原告からその成年に達した後被告に対してその受益の意思表示のなされたことを認めることができるので被告に対し右住職の地位より引退を求める権利が原告になく、從つて原告に正当な当事者適格が欠けているものともなしえない。
よつて本訴は原告に対する権利保護要件が欠けているものとはなしえないので、被告の右抗弁はこれを採用しない。
そこで進んで本案につき判断をすると、主文掲記円福寺の前住職が成田善念であつたことは当事者間に爭なく、前顕甲第一号証、第七号証の一、二、成田、伊東宝遵、伊東節、鬼頭、宮田各証人の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は右成田善念及びその妻春二の長女伊東節とその夫伊東宝遵の長女で善念夫婦の養女に貰われ、善念は昭和十五年八月頃親戚、擅徒総代等を招いた席上、原告をその養女として迎え入れ將來同女に円福寺の住職を嗣がせる旨の披露をなし、親戚、擅徒総代等も別段異議なくこれを承認していたところ正式にその養子縁組の手続のすまない中に善念は昭和十六年四月遽に病を得て死亡した(善念が右日時に死亡したことは当事者間に爭がない)ので一先づ妻春二が選定相続に因りその相続をなし、同年十二月三日右春二と原告との間に養子縁組の届出がなされたのであるが、原告は右善念の死亡の当時まだ未成年で桑名高等女学校に在学中であつたため、その頃前坊守たる右春二、その長女にして原告の実母たる右伊東節と被告とが相寄り後任住職の問題につき協議した結果原告が成年に達するまで数年間暫定的に被告に住職を委嘱することに取決め、被告は之を承諾し、後日右協議の結果に基いて伊東宝遵が親戚総代として被告との間に「原告が成年に達したら被告は住職を速に引退する」旨の約束をなし、右約束のもとに宝遵は本山に対する被告の住職就任申請につき承認を與え、よつて本山の任命を受けたこと、また擅信徒総代においても被告が右の如き暫定住職として就任することを異議なく事後承認したことを認めることができ、その後被告が引続き円福寺の住職の地位にあることは当事者間に爭がなく、前顕甲第二号証の一、二、第三、第四、第五号証、第七号証の一、原告本人尋問の結果によれば原告が眞宗大谷派宗制による教師檢定を経てその得度を許可せられ教師に任命せられると共に入位に補せられ且つ夙に成年にも達したので原告から被告に対し右約定に基いて円福寺の住職の地位より引退して貰い度い旨の申入れをした事実を認めることができる。
よつて被告の主張について判断をすると、本件円福寺の前々住職が被告の父木佛寺寂應でその死亡当時被告(五男)は十一歳でまだ幼少であつたことは当事者間に爭なく、前顕各証拠にてらし輒く信用のできない証人大矢清次郎、安井殿邦の各証言及び被告本人尋問の結果の各一部を除いては、右のように被告が幼少であつたために一時成田善念に木佛寺寂應の跡をつがせたもので善念は一代限りの住職であつたのに過ぎないとの事実を裏付ける証拠はなく、右善念の死後被告が右円福寺の住職となつた事は前記のように当事者間に爭のないところではあるが右のように信用することのできない被告本人尋問の結果の一部を除いては、被告が春二等法類、擅信徒総代等何人の異議もなく善念の後任住職に就任したとの事実を認めるに足る証拠はなく、たゞ前顕甲第一号証、第六号証によれば(昭和十七年三月)認可を得た円福寺寺院規則には被告の主張するように同寺住職は木佛寺家の世襲なる旨規定せられている事実を認めることができるけれども、前顕甲第七号証の二、成田証人の証言成立に爭なき乙第一号証によれば木佛寺寂應はその男子をしてその後を継がしめる意思なく生き残つた男子の中一人を洋服商たらしめ、(被告は当時幼少なり)三女右春二に婿を迎えて之を後継住職たらしめんと考え常に之を口にしていたところ、右春二の幼少の頃死亡し、その数年後春二成長の後先代の遺志に從い春二は成田善念を婿に迎え、善念が寂應の後継住職となつたのであるが、善念は成田家の長子であつたため木佛寺の姓を名乘ることができなかつたので形式上は春二が成田家に嫁入つた形になつたけれども実質上は善念は木佛寺家の養子であつて新憲法施行前の旧民法親族法上の法律的技術的制約を蒙り木佛寺姓を称すべきをやむなく成田姓を名乘つていたのに過ぎない事実を認めることができるのであつて、今これを新憲法の精神に從つてみるに、その形式的変動に拘ることなく木佛寺家の法統の世襲性は善念によつて中断せられたものとは解することはできない。即ち木佛寺家の血は右のように寂應より春二に傳はり右伊東節を経て原告に至る迄脈々として流れており、一人寂應の男子(五男)たる被告のみがその法統を継ぐべき資格を有するというが如き考は新憲法以前の旧思想に属するものといわなければならない。
被告の論法をもつてすれば右成田証人の証言によれば被告は一旦は他家へ養子し木佛寺家の人でなくなつた者であるからその主張のように木佛寺家の法統を継ぐべき唯一人として選ばれたものとはいえないであろう。然るに被告は右認定のように原告の成年に達する迄の間の暫定住職として就任したことが明らかであるのに拘らずその在任中に認可を得た右円福寺寺院規則に名を藉り右約定を無視して善念を一代限りの住職であるとなし、自己の地位に恋々としているのは佛に仕える者の態度として甚だ解しがたいところであつて、之を要するに原告の本訴請求が右円福寺寺院規則に牴触するものとは認められなく、被告の右各主張は何れも之を採用することができない。果して然らば被告は原告に対し、前記約定に基いて右円福寺の住職の地位を引退する手続をなすべき義務のあることが明らかであるので原告の本訴請求は正当として之を認容し、民事訴訟法第八十九條を適用して主文のように判決した次第である。
(裁判官 小沢三朗)